VICTORY AT SEA: WORLD WAR II IN THE PACIFIC by DUNNIGAN, JAMES F. U.S.定価 : $ 16.00 発行 : WILLIAM MORROW & COMPANY, INC. ISBN : 0688149472 発行日 : 1996年11月 納期情報(*3) : ただ今在庫切れのためバックオーダーになります。
連隊本部 歩兵大隊 歩兵中隊 小銃小隊(三個分隊) 小銃小隊(同じ) 小銃小隊(同じ) 重火器小隊 歩兵中隊(同じ) 歩兵中隊(同じ) 迫撃砲小隊(81mm迫撃砲×四門) 対戦車砲小隊(57mm or 76mm対戦車砲×四門) 歩兵大隊(同じ) 歩兵大隊(同じ) 対戦車砲中隊(三個小隊:57mm or 76mm対戦車砲四門) 連隊砲中隊(三個小隊:105mm榴弾砲×六門)
各歩兵小隊は12人編成の分隊×3で編成されます。各分隊は小銃×11挺(内、狙撃銃を持った狙撃兵か、小銃擲弾手として指定された兵が一人。いない場合も多い)、BAR×1挺ということになっていますが、下士官は短機関銃やカービンを持っているたり、BARが2挺に増強されたこともあったようです(これは各チームに1挺ずつということでしょう)。また、M1919A6軽機の生産が始まると、各小隊に2挺程度与えられたようです(このあたりになると、現代のアメリカ軍小銃小隊の原型を見ることが出来ます)。 重火器小隊は、他国では歩兵大隊与えられていた重火器中隊(日本陸軍の場合は機関銃中隊)を、あらかじめ小隊に分割して各中隊に配属したものです。装備は503の発言と同様、生産数の増加と共にある程度の変遷があります。ノルマンディ上陸以降だと、.50口径重機が一挺、7.62mm重機、バズーカ、60mm迫撃砲が2〜3ずつ程度のようです(もちろん破損等によりそれ以下の場合も多かったと思います)。実戦時には中隊長の指示の下、各小銃小隊に分割されて、あるいは集中して運用されます。 余談ですが、アメリカの国内宣伝目的(「前線ではアメリカ製兵器が足りているから国民は安心して欲しい」ということらしい)のためか写真資料などは少ないのですが、アメリカ軍は捕獲した兵器をかなり使用しています。上記以外にもMG34/42(まともな軽機がなかったからか?)や手榴弾、沖縄戦だと九二式重機を使用した例があります(これは大日本絵画「GUNS of the ELIITE」から)。 各対戦車砲部隊が使っている対戦車砲は、生産数からするとほとんどが57mmだったようです。御存知の通りすでにこの口径のクラスの対戦車砲では効果が少なく、朝鮮戦争の頃になると75mm無反動砲と置き換えられます。もっとも、これでもT-34/85相手には不足だったのですが(第二次大戦と朝鮮戦争でのアメリカ陸軍歩兵師団の編成は、中隊規模以下を除けば大体同じです。60年代に入ると大きく変わってきます)。これで足りない場合は、師団に配属された戦車大隊や駆逐戦車大隊の支援を受けます。 連隊砲中隊(便宜上、こう書きます)は、なかった場合、あるいは師団長の指示で師団砲兵旅団と共に運用された場合もあったようです。朝鮮戦争当時になると、107mm迫撃砲中隊(三個小隊:107mm迫撃砲×十二門)と置き換えられます。