例えば、スキナーの論文に、“A Case History in Scientific Method.”American Psychologist.1956. というのがあります。実験(ネズミの走路実験)をしていくうちに、次から次へと興味深い新しい問題が発生し、最初の興味とは別の法則性が垣間見えるようになり、それらを探究するために何度か方向転換しつつ、次々と実験装置や実験方法やデータの取り方を変えていく。例えば(うろ覚えですが)、 装置:走路が何度か改良され、最終的には放棄。 方法:断続試行から連続試行へ、そして自由オペラント場面へ変化。 データ:反応潜時その他から、反応率へと移行。 そうやっていくうちに、やがてスキナー箱が発明され、オペラントの概念が作り出され、オペラントの反応率に法則性が見出されたことにより、強化スケジュールや刺激性制御の詳細が分かってきた。 私はこれを読んで、「なるほど、独創的な科学者というのはこうやって自分が求めるものを見つけていくのか」とエラく感動したものです(NHKの『電子立国日本の自叙伝』で紹介された日本の科学者たちの悪戦苦闘ぶりを見たときも、私はスキナーのこの論文を思い出しました)。 スキナーが脳内現象に主な興味があったら、スキナー箱も、オペラントを行動の単位にするという発想も、おそらく生まれなかったでしょう。そして、彼の言語行動論も生まれなかったに違いないから、彼流に「心」の問題を語ることも出来なかったでしょう。
>>356(動物屋氏) その実験で落すのは餌じゃなくジュースね。チンパンジーがジュースを要求したときに 実験者Aはジュースをコップに注いで持っていくが、チンプの前でこれ見よがしにコップ のジュースを下に流し捨てる。 実験者Bはジュースをコップに注いで持っていき、チンプの前に来たときに躓いてコップ のジュースを全てこぼしてしまう。 以上の経験をチンプにさせた後(実験者AとBの順序はチンプにより異なる)、チンプに 実験者Aと実験者Bのどちらからジュースをもらうか選ばせる。チンプが実験者Aの「悪意」 を読みとることができるなら、実験者Bを選択するはず。 ポビネリの初期の実験ではそういう結果が出たが、その後の彼の実験ではこれは偶然であ ったことが判明しており、少なくとも「意図読み」レベルの心の理論がチンプにあるという 決定的証拠はないと結論されている。 Povinelli et al.(1998).Young and juvenile chimpanzee's (Pan troglodytes) reactions to intentional versus accidental and inadvent actions. Behavioural Processes,42,205-218.
なお、最近彼は心の理論より直感物理学に関心が移ったのか、次のような本を出版した。 (私も手元に持っているがまだ読んでいない)。 Povinelli,D.J.(2000).Fork physics for apes:The chimpanzee's theory of how the world works.Oxford Univ.Press.